自分への忘備録:「教授」とは
「教(おし)え、授(さず)ける」と書く。
・教えるためには「その分野の」経験者、達人でなければならない
・授けるためには、人に授けられる独自のものがなければならない
・そして教え授けることに喜びを感じられる人でなければならない
全国の地域/家庭医療(学)には、きっと素晴らしい「教え授ける人」がいる。当講座にもそういう方々に来ていただいている。そして自分は、自分らしく、教え授けたいものだ。
逆にそうでなかったら、「きょうじゅ」やってても楽しくないよね。
業績とは:Inoue Methods作成者の経験
医学部に限らず、研究と教育実績が大事でしょう。他にも資金を取ってくることも大事かもしれませんね。しかしそのどちらも、見様によっていか様にも変わるものです。以前にこういう経験をしました。
ある人「はっきりいって、君よりこの人のほうが業績があるよ」
見ると、ほとんどは共同研究の分担者でしたが報告書の山です。筆頭原著論文など英文で2-3本しかないのですけどね。「ふーん、なるほどねえ」と思いました。
その時の会話はそれで終わったのですが、後で考えてその「ある人」にとっては、それが業績なのでしょう。それで近く思い出すのは、日本における特定健診・保健指導ですね。メタボリック症候群診断基準(日本)における根拠となった研究ですが、例えばここに書かれている統計学的問題(男女を一緒に解析する)などは最初から明らかなのに、いたるところで「統計学・疫学の専門家」と呼ばれる人がこれを支持していました(Inoue Methods作成者は学会で直接、自分の耳で聞いています)。
Note: こういう意見に耳を傾ける必要は、ないです(笑) 迷うことなく、道を歩けばいいだけの話です。もしこれが主流なら、Inoue Methods作成者は大学教員になっていませんでした。
人事:公募を考えるー「当て馬にならないために」
こういう仕事をしているもので、時々「こういうところの公募に出ようかと思います」あるいは、「あるところから公募に出てみないかと言われました」と言ってアドバイスをもらいます。
人事という面から公募を考えるとき、以下のタイプに分かれると思います。
1.公募した中から最も秀でた人を選ぼうとする場合(まっとうな公募)
2.公募という形式はとるが、必ず採用したい人が念頭にある場合
3.2と基本的には同じだが、「必ず」まではいかない
4.そもそも公募をしない場合(一本釣りなどが該当)
4は関係ないとして、では、なぜ2や3のような出来レース的なことが起きるのでしょうか。それは「人事」だからです。明文化されているかどうかは知りませんが、特に国公立ではやはり見かけ上でも「公平性」を保ったプロセスが要求されるでしょう。一方で、よく知った人に来てもらいたい、全く知らない人はリスクがあるなどの思いがあるのもまたありうることでしょう。その学部の卒業生などはその例ですね。
そしてその上に、業績をどう評価するかが影響します。決まった基準があるわけではなく、人や大学によっても変わるでしょう。すなわち、2や3においては、「採用したい人の持っている業績のカテゴリーを高評価する」ということができるのです。
こういう点で、公募に出るときは以下の点に注意しましょう。出来レースで「当て馬」になるほど馬鹿らしいことはなく、プライドも傷みます。
・対抗馬になりそうな人に、そこの卒業生や関係者がいないか(多くの場合います)。
・その場合、その人の業績は自分と同じカテゴリーか(違っていればそちらを評価される可能性あり)。
ですので、あなたをその大学が欲しがっているか、いろんな面から検討しましょう。
・公募前に声がかかった。
・その大学の教授などから出るように言われた。
・学部長からじきじきにお呼びがかかった(教授選)。
・講座の前任教授があなたにしたがっている。
・(逆手ですが)その大学の卒業生である。
・事務方のサポートがよい、懇切丁寧。
これらが逆だと、「当て馬」を含めて2番候補以下かもしれません。
「出来レース」公募を疑うケース
何と言ってもこれが一番だと思います。
・公募発表から書類締め切りまでの時間が短い
1-2週間の期間しか用意されていない場合は、最初から強く疑っていいと思います。こんな短い期間では、本来の公募つまり「良い人をじっくり選ぶ」という姿勢には思えません。選定委員会も、応募がなくて何度もやりたいわけはありません。意中の候補がいて、多くの中から良い人を選ぶ必要がない(でも公募はやらなくてはいけない)時にこうする可能性があります。
・そんな短期間では必要な公募書類を揃えることが難しい
「当て馬」は何名も必要ない
・上記の情報を集める時間もなく、「当て馬になること」を回避しにくい
他に疑うサインとしては、
・それほど親しくない当該大学の関係者から勧誘された
・公募要領に書いてある申請基準がタカビーである(助教の公募なのに准教授でも欲しいのか?、という感じ)
・(実際に訪れたときの)事務のそっけない形式的な対応
こういうのがありますね。
最初から勝ち目のない「出来レース」で手間暇かけて、おまけにセミナー旅費も自費で、そして「あの人は何度も公募に落ちている」と言われて負け馬の烙印をもらうほど何の得にもならないことはありません。みなさん、こういうのにはひっかからないようにしましょう。
「当て馬」戦略が「馬脚」を現したケース
実際に5年ほど前にあったケースを紹介します。ある医学部の教授選でした。
ある教授選に出た人がいました。最終候補の2-3人までに残り、いよいよその大学の教授会でセミナーをすることになりました。発表時間は20分と決まっており、それにそなえて時間がオーバーしないように念入りに練習したそうです。
控室で待っていますと、自分の予定時間になってもいつまでたってもお呼びがかからない。遅れる理由の説明もありません。ようやく呼ばれていったときには、予定時間を優に1時間は超えていました。そこで、(これは事務方のミスでしょうが)前の発表者が出ていくところを見ました。なんとその発表者は、その大学の関係者でした。その人は、規定時間通りで発表し、質疑応答はわずか2-3人からでした。前の発表者は、どう考えても1時間以上、発表の時間を持ったことになります(ルール違反もいいところですね)。結果は、その関係者が選ばれました。
Inoue Methods作成者はこう話しました。「それはね、もうその時点で決まっている出来レースのようなものだね」実際後で聞きますと、上のような好ましいサインは皆無でした。
上記のミスがなければ、こういうことは気づかれず、表にも出ません。事務側のミスを含めて、まずいやり方をしたものです。いささか皮肉ですがもしそうなら、関係者は最後にしたら良かったでしょうに。出来レースの本命候補に規定時間の3倍以上セミナーをさせて、当て馬候補を待たせるなど、なめています。その候補が先にセミナーをした関係者を見ていますから、言い訳できませんね。
あなたを優先候補と考えているなら、なんからのサインがある可能性が高い
人を喰った当て馬戦略には引っかからないように!
さらに追加します。
その教授選に出た人は、その関係者には負けないと思ったそうです。理由は簡単で、原著論文業績に圧倒的に差があったから。後日その大学の関係者から、落ちた理由を聞きました。それは、「その関係者のほうが業績があったから」だそうです。報告書の類であっても、なんとでも有利に言えますからね。そもそも最初から公平とはとても言えないわけです。
最初から出来レースを考えている場合、業績の評価などどうにでもなるという、いい例です。また後日、その講座が隆盛するかどうかなどは二の次なのでしょう。本来ならそれを一番考えないといけないのですが。
さてそろそろカミングアウトするかあ!!
上の当て馬になったのは、実は私自身、つまりInoue Methods Mentorです。教授選に出たのは初めてで、関東の医学部(公立)の公衆衛生関連講座でした。え、どこかって? それは推測ください、え、もうわかったって?(笑) わからない方は、一緒に飲むときがあったら教えます。