S君への手紙1-一緒に研究しましょう-
後輩のS君へ
この前は久しぶりに会えて楽しかったです。あの学会で、私の発表を聞いてくれてありがとう。発表の後で、君が私に「こんどは私も仮説や疑問についてデザインをした研究をしてみたいです。」と話し掛けてきて、その後大いに盛り上がったものでした。その時に話し忘れたことをいくつか書きます。
まず研究テーマですが、何をしたらよいだろうという声をよく聞きます。おっと、君はその点はわかっているのでしたね。我々は診療所あるいは病院など医療の現場で仕事をしているわけですが、その時「この患者さんの持っている病気のこの点はどうなっているのだろう」とか、「この症状はこの病気ではあまり聞かないけどよくあるんだろうか」とか、種々の疑問が(いつもではないにせよ)湧くだろうと思います。
その時、多くの人はいわゆる教科書を引くでしょう。例を挙げるとHarrison内科書とか、今日の治療指針とか、ワシントン・マニュアルとかです。あるいは先輩の物知りそうな人に聞くかもしれません。さらに、現在ではインターネットが普及しましたから、オンラインデータベースでMedlineなどに蓄積されている論文を引くこともあるでしょう。そこでかなりの部分は判明するかもしれません。
しかし時に検索してもどうしても答えが見つからないことがあります。また、その答えが日常の診療で得た感触と違うこともあります。例を挙げれば、例えば冠動脈疾患の頻度など人種間で相違が明らかで、欧米で得られた疫学研究の結果しかない場合などです。こうしたすべての種類の疑問や、これまでの答えに違和感を覚えた場合、それら全ては研究のテーマになるのです。自分の疑問を突き詰めてみると、意外にわかっていないことは多いものです。例えば、現在最も華々しい分野であるMolecular Biologyでも、遺伝子情報が詳細にわかっているのはヒトを含めた数種の生物でしかありません。
S君が仕事をしている現場にもさまざまな問題や疑問が内在していると思います。我々の目の前にある人々の暮らしをじっとみつめたとき、そうした疑問が湧いてくれば、それは社会に還元できるよい研究になります。それがどのカテゴリーか、つまり基礎か、臨床か、あるいは社会医学ということは問題ではありません。
ぜひ一緒に研究をしましょう。S君も普段は診療所で忙しく、なかなか会えないですが心配はありません。別の後輩とは普段離れているのですが、電子メールを使い、問題なく共同研究ができ、つい最近論文も出版されました。この論文の草稿についても、米国の知人に電子メールで送り、コメントをもらいました、まさにインターネットのおかげです。そして私は、このように現場で研究する人が増え、成果を出すことを望んでいます。では、連絡待っています。
(月刊地域医学投稿からの抜粋, 1999)