'Practice based' health policy research
さらに付け加えるならば、Health policy researchもまた、Practice basedであるべきです。多くの医療政策研究が、公的統計資料(医師・歯科医師・薬剤師調査、病院調査、国民生活調査など)を使ってなされています。それはデータの2次使用(目的外使用)であって、これらは当該の研究のために特定して集められたデータではありません。本来研究者が持つ仮説を検証するために集めるデータとは本質的に違います。それゆえ、例えばそのデータ間で関連を見るなどだけでは、いかに高度な分析手法を用いたとて、提言まで達する政策に資する研究にはなりません。そのようなデータから、政策に資する研究をするには研究者の視点が必要ですが、それらは「現場の状況や感触」から得られたものでなければ、机上の空論になりかねません。
1.医療現場の感覚に基づいた研究者の視点が必要である(最重要)
2.既知の事実と視点に基づいた、概念モデルを作成する(何がどうなっているのか)
3.できれば、別の視点からのデータと融合させる(「群盲象を評す」は有名ですが、異なる視点を合わせれば(少しなりとも)正確な理解ができます)
4.モデルから生まれた仮説を、妥当な手段を用いて検証する。
「2次的資料に命を吹き込むのは、現場で実践を経験した研究者の思いである」
その意味で、Health policy researchもまた、広義のPractice basedであるべきです。
例えば、「医師の偏在」を例に挙げます。高知県で愛媛県境の診療所で仕事してきた私(井上和男)は、数値や報道ではなく、現場にいるものとして感じていました。もっとも、当時よくあった「専門家の不在」ではなく、「ジェネラリストの不足」が重要であると実感していました。近隣の市町村を含めて欲しかったのは、「どんな訴えの患者も対応する医師」でした。専門診療科教育偏重の弊害が、現れていると思いました。
それ以来、現場で得た多くの実感を元にした研究仮説で論文を書いています。
Health policy researchで記銘しておくこと
Inoue Methods作成者にはこんな記憶があります。ある研究助成金をもらって、そのPresentationをしました。内容は、自治医科大学卒業医師のへき地、小人口市町村、医師不足市町村での、他の79医学部卒業医師全体と、地理的指標(県庁の位置と各市役所および町村役場の水平距離そして市役所および町村役場 の標高)を算出し、確かに自治医科大学卒業医師が他に比べてそうした市町村に勤務していること、それは義務年限後も程度は弱くなりこそすれ同じであることを証明しました。
その後来た評価結果は、「非常にユニークで評価できる」とありましたが、中にこういう評価がありました。
「こういうものが研究と呼べるかどうか理解できない」
基礎研究分野の審査者の方の評価だったと思います。その人にとっては、研究とは大学のLaboratoryの中で、対象や材料を準備し、その中から新発見をすることだったのかもしれません。ここで私は、数年前の東京大学医学部創立150周年記念講演で*先生(IgEの発見者)が話された言葉を思い出します。かいつまんで話しますと、「あるアレルギーに関する実験において想定されたとずれた結果が得られた。私は不純物の中に何かアレルギーに関わる物質があると考えた。....こうして私はIgEを発見したのですが、私はNatureが創りだしたこの物質、それは太古の昔からあるものですが、それを(努力はしたにせよ)幸運によって見出す機会を得たのです」
詳細な言葉までは覚えていませんが、確かこのようなお話だったと思います。この言葉には基礎的研究、社会的研究を問わず普遍的な事柄が示されています。Natureの恵みである、昔からあった免疫グロブリンを見出すのも、僻地医療のために創立された医学部の貢献度を評価するのも、研究のインパクトは大きく違ってもその根本は変わりません。
「人々の幸せに資する情報を科学的な手法で得て結果を伝えていく」
社会学的研究はより人々あるいは人々が住む地域に近く、研究室のようにコントロールされた状況で行うことは困難です。では、価値が劣るのか? 全くそんなことはありません。社会で営まれている人々の活動を科学的な視点で見据え、何がその活動の礎となっているか、あるいはどのような関係が一連の関連事項とあるのかを解明していくことは重要です。
また、 基礎医学・臨床医学から発した研究でもその成果を現実の社会と人々に還元するときには、実際の場でどれだけ実行可能で効果があるか、真のアウトカムは何か、do no harm(マイナスの危害を与えない)は保持されているかなど検証しなければなりません。ここはPractice based researchが期待されているところでもあります。