平成23年度科研費研究成果(H21-23)
機関番号:32643
研究種目:基盤研究(C)
研究期間:2009~2011
課題番号:21590649
研究課題名(和文) 組織改革(吸収合併)が従業員の心身に与える影響に関する研究
研究課題名(英文) Influence of factory restructuring on employees' health-related status
研究成果の概要(和文):企業の吸収合併における従業員の心的・身体的健康度の変化を、実際の事例において吸収合併前後で調査した。合併後の従業員の減少は被吸収事業所の女性に多かった。勤務継続した従業員については、合併により被吸収側事業所男性よりむしろ、合併側事業所の男性従業員の生活への満足度が直後に低下していた。今回の事例では、同一市町村内であり僻遠地への異動を伴っていない。そのような場合は男性、特に管理業務を求められる合併側事業所の男性従業員にむしろ影響が出た可能性が示唆された。
研究成果の概要(英文):We examined the influence of corporate merger on physical and mental status of employees both before and after merger in an actual case. Decrease of employee number was the most prominent in female employees of the absorbed factory. Among those who continued to work after the merger, life satisfaction in male employees of the merged factory temporarily decreased than those of the absorbed factory. The merger in this case was performed in the same community with no transfer of the employees. This we assumed that in such a merger, influence was more prominent in the male employees of the merged factory who were required management task than those of the absorbed factory.
研究分野:医歯薬学
科研費の分科・細目:公衆衛生学・健康科学
キーワード:組織改編、吸収合併、人員整理、健康関連行動、横断的調査
1.研究開始当初の背景
(1) 企業の組織改革は、業績向上と組織改革(リストラクチャリング)による効率化・経費削減の双方による収益力の増強がその目標となっている。しかし一方で、労働者の心身への影響、例えば長時間労働の恒常化や過重負荷による心身の問題が懸念されてきている。
(2) 吸収合併を行った企業において、当該事業所の人員構造がどのように推移したか、またそれに伴って従業員の心身の状態がどのように変化したかについての報告は少ない。
2.研究の目的
(1)吸収合併という企業の組織改革における従業員の心的・身体的健康度の変化を、実際の事例において吸収合併前後で調査する。
(2)そのことにより、吸収合併がどのような影響を従業員に対してもたらすか、その影響と関連する因子は何か、そしてどのような対策がその場合におきる健康問題についてとりうるかを検討することを目的とする。
3.研究の方法
吸収合併を行った企業における、その前後3年間の従業員の健康や生活に関連する健康診断データから以下を評価する。
研究対象:合併吸収側企業のG事業所は2008年に子会社であるH事業所を吸収合併し(文書上)、2009年の新社屋完成後H事業所の従業員の多くが同一地域にあるG事業所新工場に転勤した。その前後つまり、2008年から2010年にかけて行われた基本健康診断結果を、どちらの事業所に所属していたかどうかで分けて解析を行った。
(1) 調査対象となった被吸収側(H)事業所と合併側(G)事業所の従業員の動向
(2)3年間の従業員における健康関連行動の事業所比較(横断的調査)
(3)3年間の従業員における健康関連行動の事業所ごとの推移(縦断的調査)
4.研究成果
文書上の合併が行われた2008年、実際に合併側事業所新工場に被吸収側事業所従業員が移動した2009年、そしてその1年後の2010年の、吸収合併前後の3年間にわたる職員健康診断結果から、従業員の動向と、その生活スタイルの変化の様相を調査した。(なお、被吸収側事業所をH、合併側事業所をGと略記する。)
(1) 従業員の動向
①各年度の横断的分析
2008年:受診者数は合計で531名、内訳はH事業所259名(48.8%) G事業所279名(51.2%)でと、人数の上ではほぼ「対等合併」であった。性別は、H事業所が女性127名(49.0%)、男性132名(51.0%)とほぼ同じであったのに対し、G事業所は各々60名(22.1%)、212名(77.9%)と男性が3/4以上を占めた。 上記の4群における平均年齢は順にH事業所女性40.7、男性46.6、G事業所女性45.9、男性43.7歳であり、H事業所の女性従業員の年齢がG事業所よりも低かった。
2009年:受診者数は合計で448名、内訳はH事業所201名(44.9%) G事業所247名(55.1%)でと、H事業所の比率が低かった。H事業所での女性従業員減少が主な要因であった。
2010年:受診者数は合計で330名、内訳はH事業所17名(33.5%) G事業所213名(55.1%)でと、H事業所の比率が1/3近くに減った。H事業所での男性および女性従業員減少が主な要因であった。
②3年間の縦断的分析
全体では従業員数は2008→2009→2010年で、531名→448名(84.4%)→330名(62.1%)と1年でほぼ20%近い減少があった。減少数は201名であったが、そのうちの71%をH事業所が占めている。H事業所女性従業員が全体の減少の44%を占めている。2008年から2010年での従業員数減少率は各々、H事業所従業員では女性30.7%、男性59.1%で、G事業所従業員では女性65.0%、男性82.1%であった。
(2) 健康関連行動の変化(2008年の横断的調査)
日常生活や生活習慣に関連する問診項目では、いくつかの項目で事業所間で差異がみられた。
①2008年において女性ではG事業所の従業員がH事業所の従業員より歩くことや通勤での徒歩・自転車について積極的であった。男性では、労働時間が9時間以上、1日1回10分以上歩く、減量したいがG事業所の従業員に多く、逆にゆっくりよく噛んで食べる、緑黄色野菜をとる、果物、肉、海藻類・小魚を良く食べるのはH事業所の従業員に多かった。しかし、他のストレスと関連すると考えられる行動(飲酒、睡眠、ストレスの感じ方、疲労感、生活満足度など)には両事業所間に差異がみられなかった。
②2009年において女性ではG事業所の従業員がH事業所の従業員より飲酒がやや多く、減量の希望が多かった。疲れやすさはH事業所の女性に多かった、男性では、ストレスを適度に感じるがG事業所の従業員に多かった。しかし、他のストレスと関連すると考えられる行動には両事業所間に差異がみられなかった。
③2010年では[首や肩がこる」がH事業所で男女とも多かった。しかし、他には差異が見られなかった。
(3) 健康関連行動の変化(2008年-2009年および2008年-2010年の縦断調査)
第一に、男性と女性従業員に分けてベースラインの2008年と2009年の変化を分析した。男性はG事業所出身195名、H事業所114名の計309名、女性はG事業所出身52名、H事業所87名の計139名であった。以下にその概要を述べる。
①男性
G事業所
・労働時間は9時間以下:増加
・毎日の生活に満足:減少
・食事をほぼ決まった時間に摂る:増加
・間食・夜食が習慣:有意差なし
・食事は就寝2時間前までに食べる:有意差なし
H事業所
・労働時間は9時間以下:増加
・毎日の生活に満足:有意差なし
・食事をほぼ決まった時間に摂る:有意差なし
・間食・夜食が習慣:有意差なし
・食事は就寝2時間前までに食べる:有意差なし
②女性
GおよびH事業所ごとの解析において、男性従業員にあった項目の有意差は見られなかった。
つぎに、男性と女性従業員に分けてベースラインの2008年と2010年の変化を分析した。男性はG事業所出身195名、H事業所114名の計309名、女性はG事業所出身52名、H事業所87名の計139名であった。以下にその概要を述べる。男性はG事業所出身174名、H事業所78名の計252名、女性はG事業所出身39名、H事業所39名の計78名であった。以下にその概要を述べる。
①男性
G事業所
・労働時間は9時間以下:増加(08-09も増加)
・毎日の生活に満足:有意差なし(08-09は低下)
・ほぼ毎日朝食を摂る:増加(08-09は有意差なし)
・食事をほぼ決まった時間に摂る:有意差なし(08-09は増加)
・食事は就寝2時間前までに食べる:有意差なし
H事業所
・労働時間は9時間以下:増加(08-09も増加)
・毎日の生活に満足:有意差なし(08-09も有意差なし)
・食事をほぼ決まった時間に摂る:有意差なし(08-09も有意差なし)
・間食・夜食が習慣:有意差なし(08-09も有意差なし)
・食事は就寝2時間前までに食べる:増加(08-09は有意差なし)
②女性
2009年同様、GおよびH事業所ごとの解析において、男性従業員にあった項目の有意差は見られなかった。
(4) 縦断的解析の結果から
①男性従業員
・労働時間はいずれの事業所従業員も減っている
・生活習慣までは変化がみられない
・吸収合併する側とされる側の事業所で異なる点がある
・G事業所のの「生活への満足感」は合併後に低下したが、2年後には回復している
・生活リズムは合併後整う傾向があった
男性従業員に合併後、労働時間はどちらも減っており、合併が労働時間の短縮につながった可能性がある。また、生活習慣の変化は全般的には見られなかったが、食事時間の定常化や夜食・間食の減少もこれを示唆している。合併側、被吸収側事業所の比較では、生活に対する満足感で、むしろ合併側事業所が悪化していたがその後回復していた。一般に合併側の従業員は、被吸収側の従業員を指導する立場におかれると考えられる。このため、今回のように異なるとは言え子会社の従業員より業務の要求度が一時的にせよ高くなったのかもしれない。
②女性従業員
一方対照的に、女性従業員では全体および各事業所ごとの分析でも有意な変化は見られなかった。一般的にもそうであるが、この事業所においても女性従業員は事務や生産ラインなどで実働スタッフとして働くことが多く、管理的な職務についている例は少ない。このため、吸収合併前後での業務の様相に変化が見られなかったかもしれない。
(5) 考察
今回の結果より、以下が推察された。
① (予期できることであるが)全体としての人員整理の影響は被吸収事業所従業員が強く受ける。
② 吸収合併による人員整理は、若い年代の非正規雇用(パートなど)が多いと思われる被吸収事業所の女性従業員に他よりも強く反映する。
③ 文書上は吸収合併とはいえ、今回のような数の上での対等合併では、被吸収側従業員への影響は(少なくとも2年と言う短期間では)少ない。
④ 分析できた従業員は、被吸収側でも同一市町村内での合併事業所に勤務しており、日常生活への影響は少なかった。特に女性においてはほとんどなかった。
⑤ 合併側の従業員、特に男性において生活満足感が減少していることは職位や業務内容への要求度増加が一時的に影響した可能性がある。
また、本研究の結果として示唆されるのは、以下である。
① 本研究では、同一市町村内の吸収合併であり、転勤などの生活変化を伴わない事例を観察した。
② 吸収合併後も勤務を続けている場合、男性従業員のほうが女性よりもその影響を強く受ける。
③ 僻遠(通勤不可)の他工場へ転勤となった従業員は観察できてないが、より吸収合併による健康影響を受けている可能性がある。
5.主な発表論文等
(研究代表者、研究分担者及び連携研究者には下線)
〔雑誌論文〕(計0件)
〔学会発表〕(計0件)
〔図書〕(計0件)
〔産業財産権〕
○出願状況(計0件)
名称:
発明者:
権利者:
種類:
番号:
出願年月日:
国内外の別:
○取得状況(計0件)
名称:
発明者:
権利者:
種類:
番号:
取得年月日:
国内外の別:
〔その他〕
ホームページ等
http://www.chiikiiryo.jp/web%E8%B3%87%E6%96%99/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%88%90%E6%9E%9C/
6.研究組織
(1)研究代表者
井上 和男(INOUE KAZUO)
帝京大学・医学部・教授
研究者番号:70275709