第23回へき地・離島救急医療学会

本邦における20年間(1994-2014年)の医師分布の動向:卒後年数と性別による分析(科学研究費助成)

演題名:本邦における20年間(19942014)の医師分布の動向:卒後年数と性別による分析

 

研究者及び所属:

井上 和男1、木村 一紀2、安藤 崇仁3

1 帝京大学 ちば総合医療センター 地域医療学

2 広島大学病院 総合内科・総合診療科/JA広島総合病院 総合診療科

帝京大学 薬学部 薬学科

 

背景

我が国における医師供給政策は、社会の要請に応えるべく様々な変遷を経てきた。1994年に卒後臨床研修の必修化についての提言が行われ、その後2004年より現行の新医師臨床研修制度が開始した。一方で、地方における医師不足に拍車をかけたのではという問題点も指摘されている本研究では、全医師、経験年数別、そして性別に20年間の医師分布の動向について、市町村合併を調整した上で人口および距離的指標による評価を試みた。

 

方法

指定統計の医師調査個票ファイルから、19942004および2014年の3時点について市町村ごとに集計して分析した。調査期間中に大規模な市町村合併があったが、2014年度の1741市町村数に補正し集計した。医師については各市町村の全医師、各年代別・男女別医師数を算出した。各自治体における人口10万人対当該医師数でソートし、各自治体人口順の医師数を累積しLorenz曲線とGini係数(低いほど資源の均等分布を示す)を求めた。加えて、各市町村と各都道府県庁所在地までの距離降順にソートし、Lorenz曲線とGini係数を求めた。

 

結果

<人口別分析>①人口あたり医師数のGini係数は3時点で0.315-0.298-0.298であり、1994年から2004年にかけては分布は改善していたものの、2004年から2014年にかけては改善なく不変であった。②経験年数別の分析では、概ね経験年数の増加とともにGini係数は低下し、中高年医師群のほうが均等分布しており、その傾向は経験年数49歳まで続いた。特に、1994年及び2004年は卒後2-3年の医師群において例外的にGini係数は低下していたが、2014年では消失していた。③全年代において女性医師のGini係数が男性医師よりも高く、特に小人口市町村における女性医師の少なさが顕著であった。

<距離別分析>Gini係数そのものは人口別のよりも低かったが、概ね人口と同様の結果が得られた。距離においてはGini係数は、全体及び女性医師群において1994年より2004年で低下、しかし2004年から2014については逆に上昇しており、偏在の悪化を示していた。

 

結論・考察

・医師分布は1994年から2004年にかけて改善したが、2004年から2014年は逆に悪化しており、新医師臨床研修制度の影響を定量的に示したと考える。

・僻遠小人口市町村に多く分布する医師は、この調査3時点のいずれにおいても経験年数の長い中高年の男性医師であった。

・卒後2-3年の医師はかつては医学部での短期研修の後、医局人事で地方の医療機関に派遣されていた。新医師臨床研修制度発足時の医師引き上げを示すものと考えた。

本邦における20年間(1996-2016年)の歯科医師分布の動向(科学研究費助成)

演題名:

本邦における20年間(19962016)の歯科医師分布の動向

 

研究者及び所属:

木村 一紀1、安藤 崇仁2、井上 和男3

1 広島大学病院 総合内科・総合診療科/JA広島総合病院 総合診療科

2 帝京大学 薬学部 薬学科

3 帝京大学 ちば総合医療センター 地域医療学

 

背景

米国の経済学者、Newhouse(1990)らは医師分布に関する論文で、「医師数が増加すると、競合により地方部の医師数が増加する(トリクルダウン理論)」を提唱した。本邦でも医療者分布についての研究が行われ、Toyokawa(2010)らが1980年〜2000年の調査期間で歯科医師のトリクルダウンを肯定した。しかしながら、歯科医過剰が言われ出した2000年以降の研究は存在しない。本研究では人口に加えて距離的要偏在性を解析し、多面的な評価を試みた。

 

方法

本邦の政府統計オープンデータ(e-stat)をデータソースとし、19962006および2016年の3時点について分析した。自治体人口については国勢調査を、歯科医師数は歯科医師数調査を使用した。調査期間中の市町村合併については、2016年度の市町村数規模に補正集計した。各自治体における人口10万人対医療従事歯科医師数でソートし、各自治体人口、及び医療従事歯科医師を累積しLorenz曲線とGini係数を求めた。新規的研究として、各市町村と各都道府県庁所在地までの距離降順ソートし、同様に人口、歯科医数の累積でLorenz曲線とGini係数を求めた。以上の結果から、人口当たりの医療者数で見た場合(Demographic change)と地理的要素(Geographic change)で見た場合の歯科医偏在について検討した。何れにおいても豊川らの先行研究と相違し、累積歯科医師数という本来の指標を評価に使った。

 

結果

人口あたり医療従事歯科医師数のGini係数は3時点で0.246-0.226-0.205と低下を続けていた。距離的要素でも0.113-0.103-0.090と順調に低下していた。但し、2016年時点でも、歯科医師数における各自治体人口割り付けでは、中央値以下の自治体が6割以上存在していた。同時点の距離区分割り付けでも県庁所在地から15km以内に約半数の医療従事歯科医師が集中しており、64自治体(3.7%)では未だに歯科医師が不在で、<5,000人以下の小人口自治体に限ると24.2%が歯科医師不在であった。以上より、最も僻遠な地域への歯科医師のトリクルダウンは証明できなかった。

 

結論

歯科医師増加に伴い、人口比でも距離要素でも歯科医はトリクルダウンを継続しており、歯科医師数の少ない市町村に以前より分布していた。しかし、歯科医師数でみた場合は交通アクセス上最僻遠地域の分布は乏しく、都市部への集中傾向があった。過剰状態とされる歯科医師でもトリクルダウンには限界があると考えられ、その一方で都市部での歯科医師は過酷な過当競争に晒される可能性が高い。歯科医師の養成数をコントロールしながら、小人口・僻遠地勤務の奨励のための医療政策が必要である。